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1相続財産の使い込みに気づいたときの対処法
①相続財産の使込みとは私的流用

相続財産の使い込みとは、被相続人の財産を正当な理由なく自己のために流用することです。
被相続人の生前の使い込みと相続発生後の使い込みがあります。
被相続人の生前の使い込みは、判断能力低下を背景に相続人が勝手に預貯金などを引出し自己のために使う行為です。
被相続人の意思能力の有無や支出の目的・同意の有無が争点となります。
相続発生後の使い込みは、遺産分割協議中に相続人が勝手に預貯金などを引出し自己のために使う行為です。
相続財産共有状態での管理義務違反や共同相続人間の信頼関係がポイントになります。
②使い込みの具体的徴候チェックリスト
(1)預貯金や現金の徴候
・被相続人の収入や生活費と較べて明らかに多額で頻回の引出しがある
・入院中や施設入所後など本人が動けないときに多額の出金がある
・引出し場所が本人の居住地から遠方である
・定期預金などの解約が複数ある
・ATM引出上限の引出が複数ある
・使い途が分からないクレジットカードの使用履歴がある
(2)不動産の徴候
・固定資産税の納税通知書の記載と所有状況が食い違う
・不動産の名義変更の記録がある
・収益不動産の賃料管理が不透明である
(3)重要書類の徴候
・財産関連の重要書類が見つからない
例えば、通帳、キャッシュカード、権利証、郵便物
・急に弁護士を立てて遺産分割協議を急ぐ
(4)被相続人の健康状態や判断能力との矛盾
・医療記録や介護記録で分かる判断能力低下時期に資金移動が多発
・本人の意思を確認できない生前贈与がある
・本人のための支出と確認できない支出がある
(5)家族内の徴候
・相続人間の情報共有不足で、疑心暗鬼になっている
・財産管理する相続人の説明に不透明感がある
・通帳を見せてもらえない
③使い込みに気づいたら資料収集が最優先
相続財産の使い込みは、家族間の信頼を大きく損なう問題です。
感情的に使い込みと決めつけると、深刻なトラブルに発展します。
使い込みに気づいたら、客観的な事実確認が重要です。
不用意に本人に追及するのは、厳禁です。
客観的証拠を破壊されるおそれがあるからです。
客観的証拠を揃えられないと、解決が困難になります。
使い込みの疑いをかけられても、容易に認めることは少ないでしょう。
相続財産の使い込みを認めさせるため、客観的証拠が重要です。
④収集すべき資料の具体例
(1) 通帳、取引明細書
預貯金の取引の流れが明らかになります。
不自然な資金移動がないか、内容を確認します。
(2)領収書、請求書
支出の内容が明らかになります。
被相続人のための支出であるのか私的流用の支出であるのか、内容を確認します。
(3)贈与契約書
贈与契約の有無や内容が明らかになります。
贈与の意思があったのか、有効に成立していたのか、内容を確認します。
(4)被相続人の診断書、入通院履歴、介護記録
被相続人の判断能力が明らかになります。
被相続人の判断能力がどの程度いつから低下していたか、確認します。
被相続人の治療費や介護費名目で過大な引出しがないか、内容を確認します。
(5)被相続人のメモ、日記、メール
預貯金の引出しや支出の理由が明らかになります。
通帳の取引履歴と照らし合わせながら、引出しと支出に関連性があるか確認します。
⑤相続財産の使い込みの判断ポイント
預貯金の引出しがあるだけで、相続財産の使込みと断言することはできません。
預貯金の引出しには、私的流用である可能性と正当な支出である可能性があるからです。
相続財産の使い込みにあたるか、次の点を考慮して総合的判断します。
(1)被相続人の意思
(2)支出の目的
(3)支出のときの被相続人の判断能力
(4)被相続人の同意の記録
預貯金の引出しがあるだけで、相続財産の使い込みと決めつけないことが重要です。
⑥証拠の保存
収集した書類は、コピーやスキャンしておきます。
原本は、安全に保存します。
⑦取引を時系列順に整理
いつ、どの口座から、いくら引出しがあったか、時系列順で整理します。
被相続人の入院記録や診療記録と照合します。
客観的事実の積み重ねが重要です。
2相続財産の使い込みが判明したときの対応
①遺産分割協議で解決するのが現実的
相続財産の分け方は、相続人全員の合意で決定します。
遺産分割協議とは、相続財産の分け方を決めるため相続人全員でする話し合いです。
相続財産の使い込みがある場合、使い込んだ人は相続人のひとりでしょう。
一部の相続人が預貯金などを使い込んだとしても、その財産が存在しているものと見なすことができます。
生前贈与と同様に持ち戻し計算に含めて、分割対象にします。
遺産分割協議は、公平な分配を共通目標にします。
使い込みをした人を非難すると、感情的対立に発展するからです。
相続財産の使い込みは、遺産分割協議で解決するのが現実的です。
②家庭裁判所へ遺産分割調停を申立て
相続財産の分け方について、相続人だけでは話し合いがつかないことがあります。
相続財産の使い込みの疑いがある場合、深刻なトラブルになるからです。
相続人間で話し合いができない場合、家庭裁判所の助力を得ることができます。
遺産分割調停とは、家庭裁判所の助力を得て相続人全員でする話し合いです。
相続人だけで話し合うと、感情的になるかもしれません。
家庭裁判所の調停委員から公平なアドバイスがあると、落ち着いて聞くことができるでしょう。
家庭裁判所の助力を得て、相続人全員の合意を目指します。
③訴訟による方法
(1)不法行為による損害賠償請求訴訟
不法行為とは、故意や過失によって他人の権利を侵害し損害を発生させる行為です。
使い込みは、故意や過失によって被相続人や相続人以損害を与えたと言えます。
使い込んだ金額を損害として、損害賠償請求をすることができます。
不法行為と認められるためには、故意過失の立証が必要です。
不法行為による損害賠償請求権は、損害及び加害者を知ってから3年で時効消滅します。
(2)不当利得返還請求訴訟
不当利得とは、法律上の根拠なく得た利益です。
使い込みは、法律上の根拠なく利益を得たと言えます。
不当利得返還請求とは、法律上の根拠なく得た利益の返還を求めることです。
使い込んだ金額を不当利得として、返還請求をすることができます。
不当利得に認められるためには、故意過失の立証が不要です。
不当利得返還請求は、利益を知ったときから5年または利益取得から10年で時効消滅します。
④刑事告訴には冷静な判断
口座の持ち主の許可なく預貯金を引き出すことは、許されることではありません。
事実だけ見れば、横領や窃盗が思い浮かぶかもしれません。
親族間の犯罪は、「法は家庭に入らず」と考えられています。
国家が介入して刑罰権を行使するより、親族間で解決を任せた方がいいとの考えです。
親族間の犯罪では、刑罰が免除されます。
免除の対象になるのは、次の人です。
・配偶者
・直系血族
・同居の親族
相続財産の使い込みが発覚しても、上記の人がほとんどでしょう。
刑事告訴をすると、家族の絆を決定的に破壊するリスクがあります。
使い込みをした人が悪質かつ反省がない場合など、慎重に判断する必要があります。
3専門家に相談するタイミング
①客観的証拠の確保が難しいとき
相続財産の使い込みを主張するためには、客観的証拠が重要です。
具体的には、通帳の入出金記録や領収書などです。
相続人が照会しても情報が得られない場合、弁護士などの専門家に相談するタイミングと言えます。
弁護士は、弁護士法第23条の2による照会をすることができるからです。
弁護士法第23条の2による照会には強制力がないけど、正当な照会には応じる慣行があります。
実務的には弁護士法第23条の2による照会に応じる機関が多く、証拠収集には有効です。
②消滅時効完成が間近
相続財産の使い込みは、相続人間の話し合いで解決するのが現実的です。
相続人間の話し合いがつかない場合、訴訟をせざるを得ません。
不法行為による損害賠償請求権は、損害及び加害者を知ってから3年で時効消滅します。
不当利得返還請求は、利益を知ったときから5年または利益取得から10年で時効消滅します。
消滅時効完成が間近である場合、弁護士などの専門家に相談するタイミングと言えます。
時効が完成すると、使い込まれた財産は取り返せなくなるからです。
時効完成を阻止するため、直ちに対応する必要があります。
具体的には、請求権を行使する趣旨の内容証明郵便を送って、6か月以内に訴訟を提起します。
6か月以内に訴訟を提起しないと、催告の効力が失われてしまうからです。
③手続期限があるとき
(1)相続放棄3か月
相続が発生したら、相続人は相続を単純承認するか相続放棄をするか選択することができます。
相続放棄を希望するときは、3か月以内に相続放棄の申立てをします。
単純承認するか相続放棄をするか選択するため、相続財産の内容を調査する必要があります。
相続放棄が認められると、はじめから相続人でなくなります。
使い込みがあっても、相続放棄したら請求権を失います。
相続放棄は、撤回することができません。
相続放棄をするか検討する場合、弁護士などの専門家に相談するタイミングと言えます。
(2)相続税申告10か月
相続財産全体の規模が一定以上である場合、相続税申告が必要です。
相続財産の使い込みがある場合、使い込まれた財産も本来の相続財産と考えられます。
相続税申告では、使い込まれた財産も含めて申告する必要があります。
相続税申告が必要な財産規模である場合、弁護士や税理士などの専門家に相談するタイミングと言えます。
後から使い込みが発覚して金額が変動した場合、更正請求で修正します。
(3)早めの相談がおすすめ
相続財産の使い込みに気づいたときは、早めの相談がおすすめです。
初動を誤ると、深刻な相続トラブルになるからです。
相続財産の使い込みを疑う段階で、感情的対立が強まります。
感情的対立が強まる前が弁護士などの専門家に相談するタイミングと言えます。
4相続財産の使い込みを予防する方法
①預貯金の凍結
預貯金口座の持ち主が死亡したことを知ると、金融機関は口座を凍結します。
口座凍結とは、口座取引を停止することです。
相続が発生したら、金融機関に死亡を連絡してすみやかに口座を凍結します。
口座凍結すると、一部の相続人が勝手に引出しや解約をすることができなくなります。
遺産分割協議中の資産流出を防止することができます。
②家族信託契約を締結
家族信託とは、信頼できる家族に財産の管理運用処分を依頼する契約です。
認知症などで判断能力が低下しても、財産が凍結されずに柔軟に管理できます。
家族信託契約をする場合、信託監督人を置くことができます。
家族信託の受託者が適切に財産管理をしているか、信託監督人に監督してもらうことができます。
財産管理の透明性を確保することで、使い込みを防ぐことができます。
③成年後見制度の活用
成年後見制度は、2種類あります。
任意後見と法定後見です。
任意後見とは、本人が元気なうちに将来に備えてサポートを依頼する契約です。
法定後見とは、本人が判断能力を低下した後に家庭裁判所がサポートする人を選ぶ制度です。
成年後見人は家庭裁判所に監督されるから、財産管理の透明性が確保されます。
財産管理の透明性を確保することで、使い込みを防ぐことができます。
5生前対策を司法書士に依頼するメリット
遺産の使い込みが発生すると、相続人らはお互いに信頼できなくなってしまいます。
使い込みをしていなくても、使い込みの疑いをかけられることがあります。
使い込みの疑いをかけられるのは、近くでお世話をしている家族です。
せっかくお世話をしているのに使い込みを疑われたのではたまらないでしょう。
使い込み対策をすることは、そのまま認知症対策をすることにもつながります。
自分らしく生きるために、認知症対策をすると、家族は安心します。
自分のためにも、家族のためにも、認知症対策と使い込み対策を司法書士などの専門家に依頼することをおすすめします。
 
 