1遺産分割協議は相続人全員で
相続が発生した後、相続財産は相続人全員の共有財産になります。
相続財産を分けるためには、相続人全員の合意が必要になります。
子どもがいない被相続人が高齢で死亡した場合、配偶者や兄弟が相続人になることが多いでしょう。
高齢化社会になって多くの方が長寿になりましたから、被相続人が100歳を超すことも珍しくありません。
そのような場合、配偶者や兄弟姉妹も高齢者です。
80歳後半になると、2人に1人は認知症になっているというデータもありますから、相続人が認知症になっていることもあります。
認知症になると物事のメリットデメリットを充分に判断できなくなったり、記憶があいまいになったりします。
物事のメリットデメリットを充分に判断できない状態では、相続財産の分け方について、有効な合意をすることは難しいでしょう。
このような場合であっても、相続財産の分け方は、相続人全員での合意しなければなりません。
認知症で判断できないからと言って、一部の相続人を含めないで遺産分割協議をしても無効です。
銀行などの金融機関は口座の解約や名義変更に応じてくれないし、法務局も不動産の名義変更に応じてくれません。
2認知症の人は遺産分割協議ができない
認知症になると物事のメリットデメリットを充分に判断できなくなったり、記憶があいまいになったりします。
物事のメリットデメリットを充分に判断できない状態では、相続財産の分け方について、有効な合意をすることは難しいでしょう。
合意したと称して、遺産分割協議書に印鑑を押してもらったとしても、有効な合意ではありません。
有効な合意でないとなると、相続人間で大きなトラブルには発展するおそれがあります。
書類さえできればいいなどは決して考えてはなりません。
3子どもなどは代理できない
認知症で物事のメリットデメリットを充分に判断できないのなら、子どもなどが代わりに判断すればいいという考えもあるでしょう。
幼い子どもは物事のメリットデメリットを充分に判断できないので、親などの法定代理人が代わりに、契約などの法律行為をすることができます。
幼い子どもの代わりに、親などの法定代理人が法律行為ができるのは、未成年だからです。
認知症になっている人は、未成年ではないでしょう。
だから、子どもなどが勝手に合意をすることはできないのです。
4認知症の人には成年後見開始の申立
本人が物事のメリットデメリットが充分に判断できなくなった後、法律行為をする必要があることがあります。
例えば、本人が相続人になる場合、相続財産の分け方の合意をする必要があります。
物事のメリットデメリットが充分に判断できなくなったら、相続財産の分け方の合意をすることはできません。
相続財産の分け方の合意は、相続人全員でする必要があります。
物事のメリットデメリットが充分に判断できなくなった場合でも、その人を省いて合意をすることはできません。
相続人全員で合意していない場合、相続財産の分け方の合意は無効になるからです。
物事のメリットデメリットが充分に判断できない人をサポートする人を選んでもらいます。
サポートする人を選んでもらうことを、成年後見開始の申立と言います。
成年後見開始の申立は、法定後見の申立のことです。
成年後見開始の申立をする先の家庭裁判所は、本人の住民票の住所地を管轄する家庭裁判所です。
家庭裁判所の管轄は裁判所のホームページで調べることができます。
成年後見開始の申立ができるのは次の人です。
①本人
②配偶者
③4親等内の親族
④未成年後見人
⑤未成年後見監督人
⑥保佐人
⑦保佐監督人
⑧補助人
⑦補助監督人
⑧検察官
⑨任意後見人
⑩任意後見監督人
⑪任意後見受任者
次の人は成年後見人になれません。
①未成年者
②後見人を解任されたことのある人
③破産者で復権していない人
④本人に訴訟をした人と訴訟をした人の配偶者、直系血族
⑤行方不明の人
成年後見開始の申立に添付する書類は以下のとおりです。
①本人の戸籍謄本
②本人の住民票か戸籍の附票
③成年後見人の候補者の住民票か戸籍の附票
④本人の診断書
⑤本人情報シート
⑥本人の健康状態に関する資料
⑦本人に成年後見等の登記がされていないことの証明書
⑧本人の財産に関する資料
⑨本人の収支に関する資料
基本的には①~⑨の書類を添えて届出をすれば充分ですが、場合に応じてこの他のものが必要になることもあります。
届出は直接、出向いて提出してもいいし、郵便で送っても差し支えありません。
届出の書き方や提出書類が心配な方は、出向いて裁判所の受付で目を通してもらうと安心です。
成年後見開始の申立の後、家庭裁判所で調査がされます。
通常であれば、申立人の面接があります。
書類の準備の目処がついたら、先に面接の予約を取っておくとスムーズです。
申立人の面接では、申立をするきっかけ、本人の生活状況、判断の状況、財産状況、他の家族の意見などが質問されます。
本人の状況によっては、本人の面接がある場合があります。
原則として、家庭裁判所に呼び出しますが、本人が外出困難な場合は家庭裁判所の担当の人が入院先などまで出張してくれます。
成年後見人の候補者や他の家族に対して、意見聴取がある場合もあります。
他の家族が何も知らない状態で、家庭裁判所から書類が来るとびっくりします。
成年後見開始の申立をする場合、申立をすることを家族みんなに知らせておきましょう。
他の家族に対して意見聴取をしないで欲しいなどの要望があっても、家庭裁判所は受け付けてくれません。
家庭裁判所が意見聴取が必要だと判断すれば、他の家族にも意見聴取をします。
書類だけでは、成年後見を開始するべきか家庭裁判所が判断できない場合、鑑定が行われる場合があります。
通常は、主治医に依頼されますが、主治医以外の医師に依頼される場合があります。
成年後見開始の申立をしてから選任されるまでは、おおむね3~4か月ほどです。
成年後見開始の申立の際に、成年後見人の候補者を立てることはできますが、家庭裁判所が候補者を選任することも候補者を選任しないこともあります。
他の家族が反対すれば、司法書士などの専門家を選ぶことが多いです。
本人の財産が多い場合も、家族以外の専門家を選ぶことが多いです。
選ばれた人が家族でないからとか、意見の合わない人だからなどの理由で、家庭裁判所に不服を言うことはできません。
選ばれた人が家族でないからとか、意見の合わない人だからなどの理由で、成年後見開始の申立を取り下げることはできません。
いったん提出した後、成年後見開始の申立を取り下げる場合、家庭裁判所が審査中であっても、家庭裁判所の許可が必要です。
5特別代理人が必要になる場合
多くの方は、本人の財産管理について、外部の人にあれこれ言われたくないと思うでしょう。
家族が成年後見人に選任されるのはおおむね20%くらいです。
家族の中でトラブルがあったり、多額の財産がある場合は、家族が成年後見人に選任されることは少ないです。
家族が成年後見人に選任された場合、本人の子どもなど、血縁関係が近いことがほとんどでしょう。
本人が相続人になる場合、成年後見人も相続人になることがあります。
通常は、成年後見人は法定代理人ですから、本人のために代わりに契約などの法律行為ができます。
しかし、本人と成年後見人が相続人になった場合、一方がトクをすると、他方がソンをする関係になります。
このような一方がトクをすると他方がソンをする場合のことを利益相反する場合と言います。
利益相反する場合、法定代理人なのに本人を代理できません。
利益相反になるかどうかは客観的に判断されます。
だから、本人も、成年後見人も相続人である場合、どんな分け方をしていても利益相反になります。
相続財産すべて本人が相続する場合でも利益相反になります。
相続財産には、預貯金などのプラスの財産も、借金などのマイナスの財産も含まれるからです。
不動産などプラスの財産であっても、使い勝手のよくない不動産で費用がたくさんかかるなど、一概に価値が分からないからという理由もあります。
このような場合、家庭裁判所に本人の代理の人を決めてもらいます。
家庭裁判所に代理人を決めてもらうことを特別代理人選任の申立と言います。
特別代理人は家庭裁判所で決められたことだけやるだけですから、職務が終わったら終了になります。
6成年後見制度を利用したくない場合
①遺言書があれば遺産分割協議は不要
相続が発生したら、相続財産は相続人全員の共有財産になります。
何も対策していなかったら、相続人全員で相続財産の分け方についての合意が不可欠です。
高齢化社会になって多くの方は長寿になりました。
このことはとりもなおさず、認知症になる危険が大きくなったと言えます。
相続人の中に認知症の人がいる場合、残された相続人は大変な負担を負うことになります。
遺産分割協議はそうでなくても、トラブルになりやすい手続です。
対策しておけば、遺産分割協議を不要にすることができます。
この対策は、遺言書を書いておくことです。
遺言書があれば、相続財産の分け方について、相続人全員の合意は不要になります。
相続人に認知症の人がいても、いなくても、遺言書のとおり分ければいいからです。
遺言書は隠匿や改ざんのおそれのない公正証書遺言がおすすめです。
②相続手続を放置するのはおすすめできない
認知症の人が相当の高齢である場合、相続手続を放置することを考えるかもしれません。
相続手続は先延ばしするメリットがほとんどありません。
逆に、先延ばしするとデメリットが大きくなります。
7認知症の相続人がいる相続を司法書士に依頼するメリット
相続が発生した後、相続手続を進めたいのに認知症の相続人がいて困っている人はたくさんいます。
認知症の人がいるとお世話をしている家族は家を空けられません。
このうえ、家庭裁判所に成年後見開始の申立や特別代理人の申立をするなど、法律の知識のない相続人にとって高いハードルとなります。
信託銀行などは、高額な手数料で相続手続を代行しています。
被相続人が生前、相続人のためを思って、高額な費用を払っておいても、信託銀行はこのような手間のかかる手続は知識のない遺族に丸投げします。
知識のない相続人が困らないように高額でも費用を払ってくれたはずなのに、これでは意味がありません。
税金の専門家なども対応できず、困っている遺族はどうしていいか分からないまま途方に暮れてしまいます。
裁判所に提出する書類作成は司法書士の専門分野です。
途方に暮れた相続人をサポートして相続手続を進めることができます。
自分たちでやってみて挫折した方も、信託銀行などから丸投げされた方も、相続手続で不安がある方は司法書士などの専門家に依頼することをおすすめします。